塩の道(千国街道)

 塩の道とは、海または、川舟の終着から内陸地へと、塩が運ばれた道の通称である。私が歩いた糸魚川〜松本まで約120kmの塩の道は、途中の小谷村千国宿から名が由来し、千国街道と呼ばれている。
 千国街道北部は、大断層、糸魚川ー静岡構造線に沿うように流れる姫川とともに、白馬佐野坂から糸魚川へと道が続いている。姫川は白馬佐野坂親海(およみ)湿原から日本海へと注ぐ大河であるが、13/1000という急流であり、姫川とその支流が白馬連峰の水を集めることによって土石流、鉄砲水等災害が多発し、流域集落を苦しめてきた。このため白馬村から北は、姫川を渡ることはあっても、その道筋は、姫川沿いの道を避け山間部につけられていた。また、車社会へと変遷していく中で、車道は、姫川に沿うように、トンネルを掘り、平坦に造られた。結果、「千国街道=塩の道」は生活道としての役割を終えたが、このことが「古道」をその姿のまま残った大きな理由となった。

 この糸魚川〜松本の塩の道は、「敵に塩を送る」の故事で余りにも有名である。
 永禄10年(1567年)、武田信玄は13年間に及ぶ今川氏との同盟を破棄し、東海方面への進出を企てる。領内に入られた今川氏真は、縁戚関係にあった北条氏の協力を得て、武田領内への「塩留め」を行った。
 武田の領地は海に面していないため領内で塩をつくることができず、武田は塩不足で困窮した。この時、長年敵対関係にあった越後の上杉謙信が武田信玄に塩を送って助けた故事があり、この話に基づいて、「敵に塩を送る」という故事が生まれた。
 越後から送られた塩が松本に到着したのが、永禄11年(1568年)1月11日で、以降、感謝の意をこめ毎年1月11日に「塩市」が開かれるようになった。この塩市は、現在は年頭の大売り出しである「松本あめ市」として引き継がれている。

コースNo. 山行No.
区 間
開始日 終了日 日数 人数
コ ー ス 概 要
1
659
糸魚川〜山口
17.05.26
17.05.26
1
1
JR糸魚川駅〜のぞき戸〜中山峠〜飯綱神社〜塩の道資料館
2
660
山口〜北小谷
17.05.27
17.05.27
1
1
塩の道資料館〜白池〜大網〜葛葉峠〜湯原〜JR北小谷駅
3
661
北小谷〜南小谷
17.05.28
17.05.28
1
1
JR北小谷駅〜常法寺〜浦川橋〜池原〜虫尾阿弥陀堂〜JR南小谷駅
4
南小谷〜信濃森上
93.05.04
93.05.04
1
1
JR南小谷駅〜坪山〜源長寺〜前山百体観音〜松沢薬師堂〜風切地蔵〜JR信濃森上駅
4-2
773
南小谷〜神城
19.05.02
19.05.02
1
1
JR南小谷駅〜源長寺〜千国宿〜牛方宿〜前山百体観音〜観音原石仏群〜飯森神社〜道の駅「白馬」
5
774
神城〜信濃大町
19.05.03
19.05.03
1
1
JR神城駅〜貞麟寺〜親海湿原〜佐野坂峠〜青木湖〜中綱湖〜木崎湖〜若一王子神社〜JR信濃大町駅
6
775
信濃大町〜穂高
19.05.04
19.05.04
1
1
JR信濃大町駅〜盛蓮寺〜仁科神明宮〜池田〜宇佐八幡宮〜JR安曇追分駅〜JR穂高駅
7
776
穂高〜松本
19.05.05
19.05.05
1
1
武石峰駐車場〜武石峰〜武石峰駐車場
JR穂高駅〜JR柏矢町駅〜JR豊科駅〜あづみの橋〜新橋〜貞享義民塚〜牛つなぎ石(松本)

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