イージマタッチュー(城山)

−伊江島のシンボルに夜明けとともに登る−

   

山行概要

日 程
2017年12月15日(金)
天 気
曇り
メンバー
単独
コースタイム
かりゆし荘=0:15=伊江村役場=0:15=城山登山口=0:10=城山=0:05=城山登山口=0:20=伊江港【1:05】

記録文(写真はクリックで拡大)

 「民宿かりゆし」を6時過ぎに出発し、北東方向へ進む。8時前には伊江港に帰って来る必要があるが、分県登山ガイド「沖縄県の山」のコースタイムは1時間半ほどなので、大丈夫だろう。
 ファミマ伊江東店から北に真っすぐ伸びる車道をゆるやかに登っていく。左右にはけっこうお店が連なり、おそらくここが伊江島のメインストリートなのだろう。
 真っすぐ進んでいくと、やがと三叉路となり、その三叉路の起点に伊江村役場がある。
 三叉路を左に進み、さらにゆるやかに登る。街灯がほとんどないので、ホンマに真っ暗だが、だいぶ目が慣れてきた。
 突き当りを右に進むと、南登山口があり、ここから階段を数分登ると、城山登山口に出た。

城山登山口から城山を見上げる 6:35

 広場にはトイレや売店もあるが、当然ながら、今は誰もいない。
 ここからは、城山の岩峰がすぐ頭上に聳える。
 広場の奥に登山口があり、真っ黒な林の中へ導かれる。

登山道からの眺望 6:43

 すぐに岩峰の基部に突き当り、少し西側に巻いてから、岩頭への急登となる。
 普通の山道なら危険なくらいの傾斜だが、階段が整備されており、一気に登っていく。すぐに樹林を抜け、展望が広がる。
 画像は、頂上から南東側の眺望。川平集落と、本島側の本部町の夜景。

頂上西側の眺望 6:52

 一気に明るくなった。残念ながら御来光は曇り空で拝めず…
 画像は、西側の展望で、伊江島空港が判別できる。
 伊江島空港は、昭和50年(1975年)、沖縄国際海洋博覧会の関連事業として建設されたが、僅か2年後に定期便の運航は休止された。平成20年(2008年)まで、エアードルフィン社によるチャーター便が那覇空港との間に運航されていたが、同社の事業休止により現在は運航されず、その後は緊急輸送等のみとなっている。このため、年間利用客数は、平成24年(2012年)で、国内で14人とのこと(笑)
 すぐ横に平行して米軍の演習場となっている伊江島補助飛行場があり、空域も米軍空域内のため、運用の制限がある。

下山開始 7:00

 帰りのフェリーの時刻が気になってきたので、下山を開始。
 あまりに切り立っているので、航空写真を見ているようだ。足がすくむところだが、階段のおかげで登りの半分の5分で、城山登山口に着陸(笑)

城山登山口から、あらためて城山を見上げる 7:05

 登山道は左下のゲートの所から始まっている。
 ホンマに独特な山ですね。言ってみれば、平地にいきなり槍ヶ岳が現れた感じ(笑)
 来た道を下る。

公益質屋跡 7:10

 伊江村役場への途中に、登りの時は暗くて分からなかった公益質屋跡があった。
 公益質屋は、世界大恐慌のあおりで村財政や村民の生活も苦しかった時代に、高利貸の暴利に泣く貧民を救うため、政府の融資を受けて庶民向けの金融機関として昭和4年(1929年)に設立された村営の金融機関である。
 沖縄戦の中、城山にあった日本軍陣地を狙った米軍の艦砲射撃で、島中の建物がことごとく焼き払われる中、この建物だけは当時としては頑丈な鉄筋コンクリート造であったため、大きく損壊しながらも、かろうじて原型を止めたのであった。
 伊江村では、この隣に公民館を建て、平和学習に役立てているとのこと。また、戦前の貴重なコンクリート建造物としても注目されている。

伊江港に到着 7:32

 8時発の「いえしま号」がスタンばっている、伊江港に無事到着。
 この「いえしま号」は平成24年(2012年)に就役したばかりの新造船で、排水量は975トン、定員は626人。ちなみに、先代の「いえしま号」は24年の長きにわたって伊江島航路を支え、退役後はインドネシアに売却され、旅客船として再就職した模様(笑)

さらば伊江港 8:02

 イージマタッチュー(城山)が徐々に遠ざかる… もう少しゆっくり来たかったな… また来る日はあるだろうか…

参考タイム

12/15 民宿かりゆし 6:056:20 伊江村役場 6:206:35 城山登山口 6:356:45 城山 7:007:05 城山登山口 7:057:10 公益質屋跡 7:107:30 伊江港

山行データへ

諸国名山探訪

Copyright(C) Hiroshi Fujita All right reserved

inserted by FC2 system