−ほとんどグルメ目的の泉州探訪−
山行概要
2022年9月3日(土) | |
岸和田市街 | |
晴れ | |
F、私 | |
南海岸和田駅=0:10=岸城神社=0:05=岸和田城=0:15=南海岸和田駅【0:30】 |
記録文(写真はクリックで拡大)
まだまだ残暑厳しい9月初め。連れを連行し、泉州グルメ旅を企てる。
なんばから一気に泉佐野まで向かう。駅北口から西に向かう。府道63号線を歩くこと10分ほどで、非常に目立つ建物が目に入ってくる。
「ヨッシャ食堂」である。何と朝4時からの営業(笑) 漁師の方々のためらしい。
この時間でも既に10人くらい飯を食べている。呑んでる方もちらほら…
総菜や刺身の入った小鉢が、いっぱい置かれているので、それを自由にチョイスするシステム。
ごはんとお酒は、注文したら、出してくれます。
名物の巨大卵焼きに、オカラ、生タコのゴマ油、マグロのネギトロ、イカ塩辛と、取り過ぎ〜
巨大卵焼きをレンチンして、我々もビール注入! 旨い! 朝呑み最高!
さらに、クジラ、サワラ、生シラス、カレイエンガワの刺身を追加! 会計は皿の種類で管理されているみたいで、これら全て280円でした(笑) 安い!
我慢できず、どんぶり飯の中を発注! 釜揚げシラスも追加発注し、勝手丼に。もう少し綺麗に盛れば良かった…
さんざん飲み食いして、2人で5000円でした。超絶のコスパ(笑) 大満足で駅に戻り、岸和田へ。
駅北口から西にアーケードを抜けていくと、岸和田城の天守が見えてきて、その手前に岸城神社がある。
この辺りでは、伊勢神宮より勧請された天照皇大神の社が、産土神として古くから信仰されてきた。その後、岸和田城が築かれた約650年前に京の八坂神社から牛頭天王(素戔嗚尊)が勧請され、牛頭天王社として祀られた。
その後、慶長年間(1596−1615年)に秀吉の家臣、小出秀政が、岸和田城の大改修に合わせ、石清水八幡宮から勧請された八幡神を牛頭天王と合祀し、これらは「御宮」と呼ばれ、また同境内には宮寺として日光寺も置かれた。
明治の神仏分離に伴って、日光寺は廃寺となり、「御宮」は「岸城神社」へと改称された。
参拝後、隣の岸和田城へ。
中世から城は築かれていたようだが、天正13年(1585年)、秀吉の叔父小出秀政が城主となると、拡張整備され、5層の天守もこの時に築かれた。
初代岸和田藩主の小出秀政以降、小出氏3代、松平氏2代を経て寛永17年(1640年)、岡部宣勝が入城し、以降、明治まで岡部氏13代が続いた。
天守閣は文政10年(1827年)に落雷で焼失し、昭和29年(1954年)に3層で再建された。
3階からの眺望は良好。大阪湾や淡路島が一望。明石海峡大橋も見える。画像下部には本丸内に築庭された「八陣の庭」の一部も見える。
「八陣の庭」は、昭和期の作庭家、重森三玲氏が設計した昭和28年(1953年)完成の砂庭式枯山水庭園で、諸葛孔明の八陣法をテーマにしたとされ、中央の大将と先端の天・地・風・雲・鳥・蛇・龍・虎の各陣に石組みが配されている。
国の名勝である。
この後、スーパー銭湯でダラダラ過ごし、夕刻に堺へ向かい、何年か振りに「いわし舟」さんへ。
前回は、生のいわしが食べられず、悔しい思いをしたが、今回はしっかりと水槽で泳ぎまくっている(笑)
ぬたの付き出しでスタート!
いわしの活姿造り! ピクピク動いてます(笑)
カワハギの姿造り! これもピクピク動いてます。肝もたっぷりで激ウマ!
続いて、いわしの柳川鍋! いわし最高!
活姿造りの骨が唐揚げで帰ってきました〜 パリッパリ!
泉州名物、がっちょの唐揚げ!
がっちょは、一般的には「メゴチ」と呼ばれ、高級てんぷら店の定番ネタになるほどの美味を誇る。
泉州では、エサにがっつく魚ということで「がっちょ」と呼ばれ、まさに今が旬なのだ。
旨い!
いわしの握り登場! いわし最高(再)!
いわしのつみれ汁も外せない!
我慢できず、いわしの背ごしも追加発注!
ちょっとグロいですね(笑)… 骨ごとイキます! いわし最高(再々)!
散々飲み食いして、2人で1万ちょっと… 「いわし舟」さん最高です!
大満足の泉州グルメ旅であった。
参考タイム
9/3 | 南海岸和田駅 10:40 ⇒ 10:50 岸城神社 11:00 ⇒ 11:05 岸和田城 11:30 ⇒ 11:45 南海岸和田駅 |
山行データへ
諸国名山探訪
Copyright(C) Hiroshi Fujita All right reserved