塩の道その3(北小谷〜南小谷)

−難所フスベに挑むも…−

   

山行概要

日 程
2017年5月28日(日)
山 域
塩の道
天 気
曇り後快晴
メンバー
単独
コースタイム
JR北小谷駅=0:20=常法寺=0:55=浦川橋=0:25=塞ノ神=0:15=池原諏訪神社=0:35=下里瀬=0:25=虫尾阿弥陀堂=0:30=小谷村郷土館=0:10=JR南小谷駅【3:35】

記録文(写真はクリックで拡大)

 一昨日の塩の道その1(糸魚川〜山口)、昨日の塩の道その2(山口〜北小谷)に続く3連戦。
 この日も大糸線の始発が7時台と遅いことから、間が持たない。このため、車を北小谷駅前に停め、5時前から歩き出す。

姫川沿いに進む 4:58

 小谷橋を渡り、霧が漂う姫川左岸沿いに車道を遡る。来馬温泉を過ぎ、常法寺へ。

常法寺 5:15

 この辺りで廃仏毀釈を免れた数少ない寺院らしい。
 この辺り河床から少し高くなっているが、この下にあった来馬集落は、稗田山の崩落や、姫川の氾濫等で埋まってしまったという…
 豆平諏訪神社の先から藪気味の細道に入り、姫川に突き出す半島のような尾根を乗っ越すと、支流の浦川沿いの道となる。大規模な砂防工事が行われている中を進み、かなり遡り、浦川橋で浦川右岸へ渡る。橋からは上流方向の稗田山大崩落の爪痕が望める。

浦川橋から稗田山を望む 6:10

 稗田山の大崩落は、日本三大崩れの一つであり、1911年8月8日未明、山頂北側斜面が突如として大崩壊し、土砂が直下の谷を埋め死者26名の被害を出した。
 さらに土砂は、浦川と姫川の合流点で堆積し、天然ダム湖を形成したが、このダムが決壊、大量の土砂流出により糸魚川市の河口にまで被害が及び、姫川沿いの多くの家々が居住不能、田畑は耕作不能となり、周辺の海域で魚の大量死が発生した。この結果、集団移転する集落や一家離散する家々が相次いだ。崩壊土砂量は1億?に及び、日本における20世紀最大級の土砂災害と言われている。
 浦川橋を渡ったところにある園地には幸田文(幸田露伴の次女)の文学碑が建っている。車道をたどり、石坂の集落を縫うように登っていく。集落最上部から望む山村風景は秀逸で、見入ってしまう。

塞ノ神 6:35

 集落の最上部から小道を拾い、石坂峠道へ。静かな山道で石坂峠(塞ノ神)を越え、少し下ると、池原集落の最上部に出た。道標に従い、九十九折れの車道を一気に下ると、池原諏訪神社に出た。

池原諏訪神社 6:50

 毎年9月第2週の土曜日に本祭りがあり、口碑によれば白鳳3年伝承と伝えられる獅子舞が奉納される。

長閑な池原集落 6:57

 しばらくは平坦となり、長閑な集落を縦断し、淀沢を渡って集落を離れ、静かな車道をしばらく進むと、フスベと呼ばれる姫川の断崖沿いをいくルートとなる。

フスベを行く 7:17

 小谷村のHPには、相当な険路と記されていたが、どうということはなかった。うるさい藪が刈り払われていることもあって、これまでのルートより歩きやすかったくらいだ。

下里瀬集落 7:27

 車坂を一気に下り、下里瀬の集落に着陸。古い街並みを抜けると、再び山道に入り、国道と並行しながらすぐ上部を進んでいく。

下里瀬を見下ろす 7:36

 ほんとに気持ちの良い光景が広がる。背後の山は立山939m。
 地方消滅の中、こういう景色はいつまで残るのだろうか…

虫尾阿弥陀堂 7:50

 虫尾集落に出ると、阿弥陀堂が静かに佇む。母乳の出ない婦人たちの信仰を集めたお堂らしい。
 淡々と進んでいくと、小谷村郷土館の前に出た。残念ながら、蕎麦屋はまだ営業していなかった…

虫尾阿弥陀堂 8:30

 南小谷駅まで進み、まだ8時半だが、大阪までの長い帰路があるので、ここで今日はゴールとした。
 いつものように姫川温泉の「瘡の湯(くさのゆ)」に入浴してから、帰阪した。充実した3日間だった。

参考タイム

5/28JR北小谷駅 4:555:15 常法寺 5:156:10 浦川橋 6:106:35 塞ノ神 6:356:50 池原諏訪神社 6:507:25 下里瀬 7:257:50 虫尾阿弥陀堂 7:508:20 小谷村郷土館 8:208:30 JR南小谷駅

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