薬師・黒部五郎岳

薬師・黒部五郎岳


 大学2回の夏合宿。薬師〜槍の縦走を予定していたが、思わぬ仲間の事故に遭遇する、悲しい山行となってしまった。

【日 程】1988年7月29日(金)〜8月3日(水)
【人 数】2パーティ、10人(男8人、女2人)
【コース】
 29日 JR富山駅=TAXI=折立C.S.
 30日 折立C.S.=2:15=1,870.6三角点=2:00=太郎平小屋=0:20=薬師峠C.S.【4:35】
 31日 薬師峠C.S.=0:20=薬師平=0:30=薬師岳山荘=0:30=薬師岳=1:05=薬師峠C.S.【2:25】
 1日 薬師峠C.S.=0:30=太郎平小屋=1:30=北ノ俣岳=1:05=中俣乗越=1:25=黒部五郎の肩=0:10=黒部五郎岳=0:30=五郎カール=0:50=五郎平C.S.【6:00】
 2日 五郎平C.S.=1:55=三俣蓮華岳=1:30=双六C.S.【3:25】
 3日 双六C.S.=1:30=鏡平山荘=1:55=ワサビ平山荘=1:00=新穂高温泉【4:25】

【記録文】
 29日 晴れ
 富山駅で昼食をとってからタクシーで折立へ。途中雨も降っていたが我々が折立に着くころには、青空が広がってきた。サイト場は広い。

 30日 晴れ
 三角点までは樹林帯の中の急登でけっこうしんどい。これを去年のように夜行明けで登ると思うとゾッとする。いいかげんバテ始めるころ不意に薬師岳の雄大な姿が眼前に現れ三角点に到着。
 ここからは高原状のなだらかな尾根となりはるか彼方の太郎平小屋がグングン近づいてくる。この辺りからみんないつもの調子が出てきて、他のパーティを完全にぶっちぎった。太郎平ではアルプス中央部の大観が展開し、天気も最高でみんな『アルプス』を満喫していたようだ。薬師峠C.S.はここから北に少し下った所。サイト場は超満員で傾斜のきつい所しか残ってなかった。

 31日 快晴
 今日は背中か軽い。最初の沢沿いの登りを快調に飛ばす。かなり大きな雪渓を横断すると薬師平はすぐそこ。振り返ると朝の斜光線を浴びた穂高連峰が素晴らしい。薬師平から少し登ると、ルートは広い尾根を進むようになり、薬師岳山荘までダラダラ高度を上げていく。他のパーティの到着まで山荘で大休止をとったあと、ピークへの最後の急登にかかる。ジグザグで足場も悪いので、少し注意を要するところだ。ピークでは期待どおりの大展望が得られた。北アルプスの全部が見渡せたと言っても過言ではなかっただろう。今合宿最高の展望にみんな大満足だったようだ。帰りはサイト場まで2本でぶっ飛ばし、10時に到着。飛ばし過ぎた故に雪渓遊びには参加できず、他のパーティから仲間はずれにされてしまった。

 1日 晴れ後曇り
 いよいよCコースのヤマ場がやってきた。2時起床、3時出発。流れ星に見送られて、黒部五郎への縦走を開始する。北ノ俣岳前後の稜線は高原状で、アップダウンも少なく、展望も良いので、グングン飛ばし、同行パーティとの時間調整に苦労する。そのため30分歩いて1時間休むというとんでもない歩き方を我がパーティはしばらくの間、余儀なくされた。しかし言い方を変えれば、それだけ周りの景観をじっくり楽しめたと言えよう。草原での昼寝は最高だった。
 中俣乗越まで来ると、黒部五郎はいよいよその高度を増し、ジグザグの登山道がはるか上方まで続いているように見え、気合を入れ直す。一般的に急登を対斜面から見た場合かなり誇張されるのでiいざ実際に登ってみると、見掛け倒しに終わるのが多々あるが、この坂は違った。それよりむしろ見掛け以上だったと言った方が正しいだろう。とにかくきつかった。しかもガスが湧いてきて、ピークを覆ってしまい、やっとピークにたどり着いた時にはすでに辺り一面真っ白でみんな撫然としていた。
 落ち込んだ我々の心を一気に高揚させたのは次の五郎カールである。降り立ってみると、そこには桃源郷が展開していた。1つだけ願いがかなえられるとしたら、1日でいいからこんなところでサイトしてみたいとそのとき思った。そして最後の力を振り絞って五郎平のサイト場にたどり着いたとき、爽やかな充実感がパーティに広がっていた。

 2日 曇り後晴れ
 5時起床、6時発。今日はコースタイムも短く、楽勝だと思っていたのに、最初の1本目から意想外にきつく三俣蓮華の頂はなかなか近づいてくれない。ハイマツの急斜面をしばしの間我慢して登れば、次第に傾斜は緩くなってきて、目指すピークはすぐそこだ。ピークからは昨日の激闘を証明するかのごとく、薬師岳が小さく見えた。あとは双六岳のお花畑の多い山腹の道を、快調に飛ばして11時に双六C.S.に到着。それから今日合流するはずだった雲ノ平コースの連中の到着を今か今かと心待ちにしていたのに全然現れないので、恐らく疲労のため停滞でもしたのだろうと軽く考えていたが、夕食後に京都の本部と連絡を取ったところ、メンバーが高山病で下山したとの報告を受け、愕然とする。とにかく明日は下山することにし、すぐシュラフの中にもぐりこんだが、ほとんど寝れなかったのは言うまでもない。早く朝が来てほしかった。

 3日 晴れ後曇り
 5時起床。皆押し黙りながらも、てきぱきと準備を済ませ、6時に出発する。今日も良い天気だ。遠くに見えるの穂先が恨めしい。これで槍を目前にして2年連続の敗退だが、当時はそんなことが頭に浮かぶはずもなく、先を急ぐ。無意識のうちにペースが上がるが、チーフに咎められないのは暗黙の了解か。少しでも早ぐ下山したかったので、周りの風景は殆ど目に入らない。
 ひたすら下り続け、3時に新穂高温泉に到着。今後の行動について検討した後、慌ただしく、入院先の富山、京都へと散った。
 松本までのタクシーに乗っている間、僕はずっと放心状態だった。夕焼け空が何だか異様に見えた。鳶が上空を何度も旋回していた。夏合宿は終わった。


      

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