熊野古道中辺路その6(新宮〜熊野那智大社)

−熊野速玉大社と熊野那智大社を繋ぐ旅−

   

山行概要

日 程
2016年5月7日(土)
山 域
熊野古道中辺路
天 気
曇り後晴れ
メンバー
単独
コースタイム
JR新宮駅=0:05=新宮城=0:10=阿須賀神社=0:25=王子神社(浜王子跡)=0:30=高野坂入口=1:10=佐野王子跡=0:35=小狗子峠=0:15=大狗子峠=0:35=補陀落山寺=0:40=尼将軍供養塔=0:20=王子神社(市野々王子跡)=0:20=大門坂入口=0:05=多富気王子跡=0:20=那智の瀧=0:10=青岸渡寺・熊野那智大社=0:05=那智山バス停【5:45】

記録文(写真はクリックで拡大)

 8日間に渡った2016GW熊野古道伊勢路・中辺路の旅。休日は明日まであるが、所用のためこの日が最終日である。それにしても良く歩いた。この日は中辺路の延長戦(中辺路の前行程(志古〜新宮)はこちら)と言うことで、新宮から那智熊野大社を目指す。
 なかなか快適だった「温泉民宿 小阪屋」さんを5時半に抜け出し、昨日のゴール地点である新宮へ戻る。駅前駐車場に車を止め、早速歩き出す。昨日からの雨がまだ小雨で残る状況の中、中心街を抜け、熊野川方向へ。途中、新宮城跡に寄り道。

新宮城からの熊野川 6:27

 新宮城は、紀州藩の支城であり、別名、丹鶴城とも言う。もとこの地に、源為義と熊野別当の娘の子である丹鶴姫の住まいがあったことから名付けられたようだ。
 その位置的に重要な拠点であったため、一国一城令の例外扱いとされてきたらしい。
 小ぶりな城ながら、立派な石垣が残っている。石段を息せき切って登ると、本丸跡からは、熊野川やまだ薄く雨霧が残る新宮市街が一望。
 城跡を後に、熊野川の河口方向に住宅街を進むと、阿須賀神社に到着。

阿須賀神社 6:40

 熊野の地において熊野権現はまず神倉神社に降臨し、それから61年後に阿須賀神社北側にある石淵(いわぶち)谷に勧請されて、その時に初めて結早玉家津美御子(むすびはやたまけつみみこ)と称したと伝えられており、熊野権現の具体的な神名がはじめて現れた場所と見なされている。中世熊野参詣では、阿須賀神社に参詣することが常であったらしく、右大臣藤原宗忠の日記「中右記」の天仁2年(1109年)10月27日条に「参阿須賀王子奉幣」と記され、熊野九十九王子の王子社としての扱いを受けていたことが分かる。

 阿須賀神社から、さらに住宅街を進む。この辺りはアスファルトの路面に熊野古道を示す標識が塗装されており、スムーズに進む。第一王子橋を渡ると、前方に鎮守の森らしき緑の塊が見えてくるので、それを目当てに進むと、果たして、予想通り、浜王子跡である王子神社であった。

王子神社(浜王子跡) 7:10

 浜王子は、九十九王子の一つとされているが、史料上の初見は、文明5年(1474年)の「九十九王子記」で初めて記され、その後、江戸期の地誌「紀伊続風土記」に方3尺6寸余(約120cm)の小祠と5尺(約165cm)の鳥居からなる「浜王子社」についての記述が見られる。昔は広大であったようだが、昭和21年の南海大地震で、応急に住宅建設の要に迫られたことから、社地を含む周囲の国有地が払い下げられたため、現在のこじんまりとした境内になったようだ。

砂浜歩き 7:23

 浜王子跡から、少し進むと、海沿いとなる。伊勢路では海沿いの道は普通だが、中辺路では、この新宮〜那智間だけである。堤防沿いにしばらく進んでから、王子ヶ浜と呼ばれる砂浜歩きとなる。昨日の七里御浜よりは足が沈まないので、まだ歩きやすい。天気がイマイチだったが、熊野灘を眺めながらの爽快ハイクである。

高野坂の石畳 7:49

 1キロほど砂浜歩きが続き、砂浜が尽きる辺りで、紀勢本線をくぐると、高野坂の登り口である。海岸線が断崖になっている個所を山越えで越えていく古道で、この坂の前後が世界遺産に登録されている。石畳あり、石地蔵あり、と言った気持ちの良い古道歩きの途中には、断崖の海岸線の眺めもあり、なかなか楽しい山越えであった。
 高野坂を下ると、三輪崎のまちに出る。駅前を過ぎ、町なかを抜けると、黒潮公園のところで、R42に合流し、大規模なロードサイド店舗が並ぶ箇所を過ぎた辺りに、佐野王子跡があった。

佐野王子跡 8:50

 佐野王子の創建年代は明らかではなく、承元4年(1210年)の後鳥羽上皇の寵姫であった修明門院の参詣記に初出し、また、「紀伊続風土記」では、熊野那智大社の境外末社となった後、廃絶したと伝えている。
 その通り、国道脇に、いつもの石碑および説明版と、北条政子の宝筐印塔が建つのみであった。

小狗子峠の石畳 9:23

 佐野王子跡から、R42を海沿いに進む。宇久井駅を過ぎ、しばらく進んだガソリンスタンド跡のところで、右折し、国道を離れ、小狗子(くじ)峠への登りにかかる。この頃から完全に天気は回復し、暑くなってきて、汗ばんできた。「熊野古道」の道標に導かれ、高台の新興住宅地を抜けたところに峠の登り口があり、僅かの登り下りで小狗子峠を越えて、再び国道に合流。

狗子の浦を行く 9:34

 「狗子の浦」と呼ばれる海岸沿いに進むと、トンネルの入口左に、今度は、大狗子峠の登り口が現れる。
 「大」という位だから、さっきの小狗子峠よりきついかとも思ったが、ここもあっけなく山道の登り降りは終了し、すぐにR42に再合流。ここから、浜の宮大神社の手前まで、歩道がない区間が続く。交通量がけっこう多いので、何度か怖い思いをしながら、何とか、浜の宮大神社へ。

浜の宮大神社 10:27

 浜の宮大神社は、なかなか雰囲気のあるお社で、それもそのはず、熊野三所権現を祀ることから、熊野三所大神社とも呼ばれている。そして、ここは、浜の宮王子跡でもある。
 浜の宮王子は、「中右記」天仁2年(1109年)10月27日条に「浜宮王子」と見える。平安後期頃の神像3体(大山祇命、天照大神、彦火火出見命)が伝来していることから熊野三所権現が祀られていたと思われるが、江戸時代中期に著された地誌「熊野巡覧記」は異なる神名を挙げており、時代によって祭神が変化していたらしい。

道の駅で、激安のマグロや鯨の刺身をゲット! 10:30

 神社のすぐ近くには、「道の駅なち」があり、ここの直売所で、激安のマグロや鯨の刺身をゲットし、ノンアルビールで乾杯!(神社の横に酒店あり)
 そして、神社の横には、補陀落山寺が建つ。

補陀落山寺 11:25

 補陀落山寺は、仁徳天皇の治世にインドから熊野の海岸に漂着した裸形上人によって開山されたと伝えられ、宗教儀礼「補陀洛渡海」であまりにも有名である。「補陀洛渡海」とは、中世日本では、遥か南洋上に「補陀洛」が存在すると信じられたことから、これを目指して、扉の無い渡海船に乗って船出するという、まさかの自殺行為であるが、記録に残るだけでも40件ほどあり、その内25件が、この補陀落山寺の僧だったと言う。中には、金光坊という僧が、途中で屋形から脱出して付近の島に上陸してしまい、たちまち捕らえられて海に投げ込まれるという事件も起こったらしい(笑)

「曼荼羅のみち」入口 11:59

 ありがたく御朱印を頂戴し、那智山を目指す。しばらくは那智川沿いに県道を進む。瀧麓橋を過ぎて少し進んだところで、「曼荼羅のみち」の道標に導かれ右折し、県道を離れる。すぐに左折し、小川を渡ると古道の入口があり、しばらく気持ちの良い森の中の山道となる。
 北条政子が、頼家、実朝を失った罪の苦しさから行った熊野詣の際に建立したと言われている、尼将軍供養塔を過ぎると、霊園に出て、山道は終了。

王子神社(市野々王子跡) 12:31

 しばらく集落の中の通りを直進すると、市野々王子跡である王子神社が建つ。市野々王子は、古くから熊野那智大社の末社であり、「中右記」には「一野」、修明門院の参詣記には「一乃野」の名で登場する。境内のすぐ横には、年貢米を保管するための郷倉があり、ほぼ全て石造という珍しいものである。

大門坂入口 12:55

 市野々王子跡を後に、さらに直進。二ノ瀬橋を渡ると、大門坂駐車場に到着し、いよいよ、名高い大門坂が始まる。全長約600メートル、高低差約100メートルにわたって、石畳が続く。かつて坂の到着地点に大きな門があったことから、「大門坂」と呼ばれているらしい。さすがにこの日に私のように歩いている人を見かけることはなかったが、ここに来て、多数の観光客とすれ違うようになった。

大門坂 12:59

 中には近くの茶屋で平安装束の着付けをしてくれるらしく、コスプレカップルも現れる。樹齢800年以上と言う夫婦杉を過ぎると、九十九王子最後の多富気王子跡がある。

多富気王子跡 13:00

 多富気王子は、有名な中世の参詣紀には全く記載が見られず、史料で存在が確認できるのは、近世になってからである。なので、起源や由緒など、不明なところが多く、名も「手向け」から転じたとする説や、この王子社を設けた那智山の社僧の名にちなむとする説など、よく分からない。江戸時代には社殿があったと伝えられているが、1877年(明治10年)に熊野那智大社の摂社のひとつ児宮として境内に移され、跡地には石碑と庚申塚のみが残された。

 大門坂を登り切り、土産物屋が立ち並ぶところまで登り切る。那智大社へは、さらに石段を上がっていくのだが、ここは先に那智の瀧に向かうことにし、せっかく登った高度を失いながら、滝の方向へ。

那智の瀧 13:35

 滝前は、連休中で人でごった返していると思ったが、意外にも大したことなく、のんびりと滝の真ん前でマイナスイオンを思いっきり浴びてご満悦。

青岸渡寺三重塔と那智の瀧 13:59

 引き換えし、登り返す。まずは、青岸渡寺へ。三重塔から本堂を参拝。ここからの三重塔と那智の瀧のセットは定番の構図だ。

熊野那智大社 14:05

 そして、すぐ隣の熊野那智大社へ。はるばる伊勢神宮から辿って来たと思うと感慨深い。バスの時間まで、のんびり境内で思索に耽ったのであった。
 那智駅から紀勢本線で新宮駅には16時11分着。熊野を満喫しきった2016のゴールデンウィークが終わった。後は熊野市経由で、R169を延々とドライブ。枚方の実家には20時頃到着。述べ8日間のウォーキングで顔と手は日焼けで真っ黒… 良き旅でした。

参考タイム

5/7JR新宮駅 6:156:20 新宮城 6:306:40 阿須賀神社 6:457:10 王子神社(浜王子跡) 7:107:40 高野坂入口 7:408:50 佐野王子跡 8:509:25 小狗子峠 9:259:40 大狗子峠 9:4010:15 浜の宮大神社・補陀落山寺 11:3012:10 尼将軍供養塔 12:1012:30 王子神社(市野々王子跡) 12:3512:55 大門坂入口 12:5513:00 多富気王子跡 13:0013:20 那智の瀧 13:4513:55 青岸渡寺・熊野那智大社 14:2014:25 那智山バス停

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