トカラ列島の島旅1990

−絶海の孤島で、時計不用のお気楽旅−

   

トカラ列島位置図

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旅の概要

日 程1990年3月4日(日)〜19日(月)
行き先トカラ列島
メンバー男3人、女1人
コース大阪〜志布志〜鹿児島〜中之島〜諏訪之瀬島〜宝島〜奄美大島〜大阪

旅行記

 種子島&屋久島と奄美大島との間に点在する14の島々からなるトカラ列島は、昨年に薩摩硫黄島を訪れた時から、どうしても行きたいと思っていた。しかし、何と言っても島を訪れる唯一の手段である鹿児島からの船便が月に8便程しかない状況で、結局は、普段でもヒマな大学生ではあるが、さらに一番ヒマな期間である、後期試験終了後の春休みを利用しての決行となった(個人的には就活時期であり、某政令市の採用試験の勉強をしなければいけなかったのだが…)。
 本当は7島ある有人島(口之島、中之島、平島、悪石島、諏訪之瀬島、宝島、小宝島)を全て訪れたかったのだが、船便の関係から一度島に上陸すると、最低でも3〜4日は滞在を余儀なくされるので、やむなく3島のみの探訪となった(結果的にはのんびりペースの旅になり、正解だったが)。
 訪れる島は火山が魅力の中之島と諏訪乃瀬島はすぐに決まったが、あと1つは名前に惹かれた宝島に決める。
 一番多い中之島でも200人程の人口であり、宿はないだろうと思っていたが、十島村の役場に電話してみると、トカラ列島周辺は太公望には垂涎の場所らしく、どの島にも釣り客相手の数件の民宿があるとのこと。そんな訳で最初は全日テント泊を予定していたが、島に渡った初日だけは、島事情の把握も兼ねて民宿に泊まることにした。

 3/4 曇り
 いよいよ出発である。2週間分の食料を満載し、いつものアタックザックには入りきらない。両手にも荷物を抱えて大阪南港へ。「さんふらわあ」で鹿児島の志布志港に向かう。

 3/5 晴れ
 昼前に志布志に到着。路線バスで西鹿児島駅へ。トカラへの船はこの日の夜遅くの出発なので、それまで十島村役場(島では何かと不便なので、鹿児島に役場がある。)を訪れ、情報収集をしたり、足りない食料品を買ったりして過ごす。
 港にも寄ってみる。「としま丸」を探すが、なかなか見つけることができない。ようやくに港の片隅にちっぽけな船が目に入る。

としま丸、隣の車と大きさを比較してください…

 予想はしていたものの、昨日の「さんふらわあ」に比べるといかにも小さい。役場でもらったパンフを見ると排水量約1000トン。フィンスタビライザーという最新の揺れ防止装置も装備されているらしいが、この小船で潮の激しい東シナ海に出て行こうというのだから、中之島までの予定所要時間7時間の旅は地獄になると私はこの時確信した。

 いよいよ乗船。出航の1時間前位に再び鹿児島港へ。下見をしてなかったら船を見つけるのは大変だっただろう。
 ついに出航。波穏やかな錦江湾を出るまでに寝れるかどうかが勝負! だったが、こんなに意気込んで寝れるはずが無い。結局出航1時間後に船は壊れたエレベーター状態となった。座っているとあっという間に酔いそうだったので、ひたすら横になって寝ようと努めた…

 3/6 曇り
 こんな状況でもいつの間にか眠っていたようだ。目覚めると口之島を過ぎ、目的地の中之島の近くまで来ていた。相変わらず船はひどく揺れていたが、ここまで来たらさすがに安心である。
 中之島港には夜明けの直前に着いた。桟橋からは御岳がトカラ富士の別名通りのどっしりとした姿で聳えているのが目に入った。とりあえず民宿に向かい、しばらく寝かせてもらう。
 昼前からゴソゴソと動き始める。まずは海岸沿いに立つ東温泉に入浴。島民の方が普段利用しておられる何のそっけもない共同浴場だが、はるばるトカラにやってきた実感が湧いてくる。

トカラ馬と

 昼食後は、中之島の中央部にある高尾地区に足を伸ばす。御岳山麓の高原地帯といった感じのところで、港から車道が一気に登っている。ここには広々とした放牧場があり、トカラ馬(日本馬の原種で鹿児島県の指定天然記念物。中之島でのみ飼育)がのんびりと草を食んでいた。サラブレッドを見慣れた目からすればホンマに小さい馬である。

牧場からの御岳

 ここから仰ぐ御岳はホンマに美しい。早く登ってみたい!

 さらに車道を進むと底なし沼と呼ばれる、まあ何の変哲の無い小沼があった。この車道をそのまま進むと島を横断して東側に出るみたいだが、夕刻だったので、宿に引き返した。
 この日は新鮮な魚をたらふく食わせてもらい、大満足で寝た。

 3/7 晴れ
 今日はいよいよ御岳に登る。その前に昨日宿で相談した場所にテントを設営。そこはゲートボール場だった…

 中之島御岳山行記へ

 この日も温泉に入り、鹿児島から無理して持ってきた焼肉でフィーバーした。

 3/8 晴れ
 実はこの日は何もしていない。1日中時計を見ないで、島の方としゃべったり、温泉に入ったりしてボーッと過ごした。何とも贅沢な1日。夜は島の駐在さん(トカラの駐在所はこの当時中之島にしかなかった)のところにお邪魔して色々とお話をうかがう。有史以来トカラでは犯罪がないとのこと。

 3/9 晴れ
 今日で中之島を離れる。と言うことは夜明け前に港に行く必要がある。薄暗い中、島を離れる。船での出立はどうしてこんなに感傷的なのか。わずか3日ほど滞在しただけなのに… と言いながら、あっさりと次の島へと思いをはせる。
 次の目的地である諏訪之瀬島へは3時間程。途中平島を経由。平家の落人がトカラ列島に最初に流れ着いた島と伝えられている島だ。
 諏訪之瀬島が近づく。どこに船をつけるのかすぐには分からない程、全島切り立っている。平島とはエラい違いだ。諏訪之瀬島の北側の7割ほどは御岳が占めていて、人間のいる所は、島の南側のごく一部の場所である。南東側の切石港に到着。海沿いは断崖だらけなので、集落は高台にある。今日泊まる予定の民宿の方に迎えに来てもらった。
 島の人口は60人いるかいないか位。雑貨屋らしきものも1軒あるが、ほとんどこの島ではお金は不要である。(平島小・中学校の諏訪之瀬島分校の先生のお話では給料は全部千円札で渡されるらしい)
 天気が割と良かったのと、時間もまだ早かったので、この日に諏訪之瀬島御岳に登ることにした。

 諏訪之瀬島御岳山行記へ

 この日の宿では、分校の教師をしている宿のおやじさんの襲撃を受け、焼酎地獄になった…

 3/10 晴れ
 完璧な2日酔い… 昼過ぎに何とか動き出し、切石港とは反対側の元浦港寄りの高台にあるあづまやの下にテントを張った。

めちゃくちゃ気性の荒いトカラ牛

 島の散策に向かう。相変わらずトカラ牛は我々に敵意剥き出しである。

ヤマハ飛行場

 島の最南端には平坦な台地があり、ヤマハの釣り客目当てのリゾート開発による飛行場がある。滑走路は十分使えそうだが、しかし、ここを開発しようとしたのだから、ヤマハも大したもんだ。(薩摩硫黄島にもヤマハによる同様の跡地があり、しかもここでは観光目的に孔雀を持ち込み、今では脱走した孔雀が自然繁殖し、島の至る所にうようよしていた。) 今となってはこの飛行場、各地でトカラヤギが草を食む何とものどかな景色になっていた。

飛行場付近からの御岳

 島の子どもが、島外の人間が珍しいのかテントが珍しいのか良く分からないが、寄ってくるので、一緒に遊ぶ。暗くなってからの星空は凄かった。

 3/11 晴れ
 今日は日曜日(島の人に言われて初めて気づいた)なので、分校の先生と子ども達(全学年合わせても7人位)と一緒に切石港の近くで遊ぶ。

切石港付近にて

 貝やカニ捕りの競争を楽しんだ後は、分校に戻ってドッジボールに興じた。完全に子どもに帰った1日。

 夜は親しくなった女の子の家にお邪魔し、宴会。分校の先生も一緒に大いに盛り上がる。

 3/12 晴れ

さらば諏訪之瀬島

 あっという間に諏訪之瀬島でのたのしい日々が過ぎてしまった。女の子に見送ってもらっての出航はマジに辛い。見えなくなるまで手を振りつづけた。

 最後の目的地の宝島へ。途中、悪石島、小宝島を経由する。悪石島は仮面神「ボゼ」と温泉の存在から、ぜひ行きたいと思っていたので、通過は非常に残念。

小宝島が見えてきた

 小宝島は30分位で島を一周できそうな小島で、ここにも人が住んでいるのにびっくり。

 日程の都合でこのまま奄美に出るメンバーの一人とは、宝島でお別れである。朝から別れが続き、少々湿っぽくなってしまった。
 宝島はとなりの小宝島とともに隆起サンゴ礁の島で、これまでの火山でできた島々とはまるっきり印象が違う。(我々山が好きな連中には高い山がなくて少々物足りないが…)南国ムードは満天である。しかし、ここにはハブがいるのだ。トカラハブと言って本家のハブよりは小型らしいが、毒は強烈で宿のおばさんからも注意するように言われた。(我々と同時期に来た連中がハブにやられ、ヘリで輸送される騒ぎがあった)
 この日は港周辺をプラプラと散策。諏訪之瀬島から来たせいか、何か人が多い感じがする。郵便局もある。(それでも島民は200人もいないが…) この日は民宿に泊まった。

 3/13 晴れ
 この日もいい天気。大籠海水浴場に移動し、テントを張る。この辺りは白砂の砂浜。もう十分泳げる暖かさだが、残念ながら水着は持ってこなかった。浅瀬を歩いて我慢する。
 今日は島の一周&最高峰(と言っても300m弱しかないが)のイマキラ岳登山。ハブが心配…

 イマキラ岳山行記へ

 3/14 曇り

カニ捕り中の私

 この日は1日中、読書と岩礁でのカニ捕りに精を出した。おかげで夕飯はカニ茹でで満腹。トカラを去る日が近づいてきた。この夜はずっと星を眺めていた。

宝島郵便局(いたって普通の郵便局でした)

 3/15 晴れ
 連れの女はトカラから離れられなくなってしまったようだ。この後小宝島に行くと言い出した。正直私も残りたかったのだが、色々と予定があり、帰るしかなかった。余った食料を彼女に渡し、私ともう一人の連れは昼過ぎの奄美大島行きの「としま丸」に乗り込む。振り返ってみればわずか10日余りのトカラの日々だったが、本当にいろんな経験、出会いがあった。島に残る彼女の無事も願いながら、万感の思いで宝島を離れた。
 夕方に名瀬に到着。急に連れがこの晩の船で喜界ヶ島に渡ると言い出したので、2人で最後に名瀬の居酒屋で一杯飲んで、深夜に連れを見送った。この日は名瀬港の桟橋で寝た。一人になると無茶苦茶寂しくなった。

 3/16 晴れ
 早く家に帰りたかったが、関西に向かうフェリーは明日の晩までない。飛行機に乗る金も無い。一番安上がりに観光するため、この日は土産物屋で原チャリを借り、島の北部を回ってみることにする。(本当は南部に行きたかったが、起伏が激しく、原チャリでは無理だと店の人に止められた)

あやまる岬にて

 西郷南州謫居跡やあやまる岬などをぐるっと回る。1日中原チャリにまたがるのは結構辛かった。夜は名物の鶏飯を食べ、この日も桟橋で寝た。かなり体力的にも精神的にも疲れてきた。

 3/17 晴れ
 金が無い。それでも話のネタにハブVSマングースは見たかったので、ハブセンターに行く。まだ気温が低く、ハブは半分寝ているような状態で、マングースに一方的に殺戮された。期待はずれもいいとこ。後は夜の出航まで金がないので、公園で本を読んで過ごす。
 深夜に名瀬を出航。疲れと金欠で奄美を十分に楽しめなかったので、奄美にはまた来よう!

 3/18 多分晴れ
 それにしても、大阪から枚方までの運賃を残すと、あと100円あるかないか。この日はひたすら寝て時間が過ぎ去るのを待つのみ。となりのおばさんがおにぎりを分けてくれたのには涙が出た。長い1日だった。

 3/19 晴れ
 やっと夜が明けた。大阪南港から枚方の実家に帰る間も腹がへってフラフラだった。何とも情けない状態で、トカラへの旅が終わった。

諸国名山探訪

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