剣山(悲惨な登頂失敗編)

剣山(悲惨な登頂失敗編)

日 程1990年5月2日(水)〜4日(金)
山 域剣山山地
メンバー男2人
コースタイム5/2 JR貞光駅=BUS=剣橋=0:35=つづろ堂=1:00=一ノ谷=1:00=夫婦池=0:40=見ノ越=LIFT=剣山キャンプ場C.S.【3:15】
5/3 停滞
5/4 C.S.=0:30=見ノ越【0:30】

 5/2 雨
 その1 雨
 前日は大阪から船で徳島入り。貞光駅でステビーしていたが、朝起きるとしとしとといやらしい雨が降っている。「予報では曇りのはずだったのに…」と、先の部分がぐっしょり濡れてしまったシュラフを呆然と見つめながら、連れが唸っている。2人とも憮然としながらパッキングをし、菓子パンの朝食をとる。ここで雨に動揺した私は自販機のコーヒーの「HOT」と「COLD」を押し間違える。
 その2 バス酔い@
 その3 地図をバスに置き忘れ
 なげやりな気持ちを抑えながらも5時59分発のバスに乗り込み、剣橋へ向かう。しだいに激しくなる雨の中、バスはくねくねと進む。乗車5分後に連れは既に酔っており、やっと剣橋に着いたときには、顔面蒼白で爆発寸前の体たらく。また寝起きでボーッとしていた私もバスに地図を置き忘れるという失態を演じ、士気はますます落ちていった。
 その4 ルートミス@
 完全装備で歩き出す。雨はより激しさを増してきたようだ。この時2人の胸中には「タクシーで見ノ越まで上がったら良かった」という後悔の念がふつふつと湧いてくるのであった。お堂までは林道をそのまま進むよりも林道をショートカットする山道を登ったほうが早いのだが、我々は山道の分岐に全く気付かず、「おかしい」と思ったときには、すでにお堂は目前に迫ってきていたのであった。
 その5 ルートミスA
 お堂から本格的な山道になる。すぐ紛らわしい分岐があり、迷わず左へ向かった我々は20分のロス。ここでは右へ向かうべきである。
 その6 靴擦れ
 右折後、登山道は超急斜面の直登になる。何度も何度もジグザグを切り、植林帯まで上がると道はだいぶ緩やかになってくるが、既に私の足には靴擦れが発生していたのであった。
 その7 食当ミス
 夫婦池まで単調なダラダラ登りが続く。私たちは「池まで頑張ればランチだ」と励ましあいながら何とか登りきった。その喜びも束の間、昼食に予定していた食パンの枚数を数え間違えていたという事実が発覚し、我々は国民宿舎でうどんを食う羽目になってしまった。
 その8 登山放棄、リフトへ
 アントニオ猪木の記念植樹も薄ら寒い夫婦池を後にし、林道を小1時間進めば、レストハウス、資料館などが林立する見ノ越である。雨の中、リフトを目の前にして登り続ける気概は既になく、2人とも苦虫を噛み潰したような表情でリフトに揺られる。サイト場はリフトを降りてすぐそこ。


夫婦池、アントニオ猪木の植樹前にて 夫婦池、アントニオ猪木の植樹前にて


 その9 剣山登頂のチャンス放棄
 テント設営後、計ったように雨が止む。連れは剣山の登頂を主張したが、私はガスは晴れておらず、登っても無意味と激しく論争。結局この日の登頂は自重した。


一瞬雨が止んだキャンプ場にて、この時に登っていれば… 一瞬雨が止んだキャンプ場にて、この時に登っていれば…


 夜半ごろから再び雨が降り出す。

 5/3 雨
 その10 停滞…
 西日本に前線がべったりと張り付き、1日中雨が降り続く。夜からは風が強くなる。フライは2,3回吹き飛びそうになり、ペグは数本闇の中に飛んでいった。

 5/4 雨
 その11 剣山登頂失敗、涙の撤退
 5時起床、しかし相変わらず雨、風ともに強く、しかも回復の兆しも全く見られない。ついに撤退と決定。やっぱりおとついに登っていたら良かった… 何度も風によろめきながら、見ノ越へ下る。
 その12 臨時バスの運行に気付く
 見ノ越のレストハウスで震えながら今後の行動を協議していると、何と、GW中は臨時バスがここまで運行しているらしい。おかげでこれ以上歩く必要はなくなったが、おとついの行動は無駄そのものであった。これで悲惨すぎた今山行はあっけなく終了。
 その13 バス酔いA
 しかし、まだ悲劇は続いた。池田に出るバスは祖谷川沿いに、くねくねと進むため、今回ばかりは連れも完全に昇天。ゲロゲロ状態… さすがに私まで気持ち悪くなってきた。
 たまらず途中の祖谷温泉で途中下車し、風呂に入ってから池田に出た。

 この日は駅員に文句を言われながら何とか駅前にテントを強行設営、翌日こんぴらさんや高松市内を観光してから、開通したばかりの瀬戸大橋で帰阪した。

 リベンジは2年後の10月に果たした。


      

   

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