【記録文】
私は前夜に長野入り。「ちくま」で京都からやってくる連れを待って、5時半に長野駅をレンタカーでスタート。
オリンピック道路の入口が良く分からず、気がつけば鬼無里経由のグネグネ道に吸い込まれていた。運転だけでも結構くたびれて、小谷温泉上の休憩舎には7時過ぎに到着した。平日なのにすでに駐車場には10台程の車が停まっている。さすが百名山。
道中はガスっていて心配したが、今はすっきりとした青空が広がっている。梅雨時期の中、非常にありがたい。
好天に引き寄せられるようにスタート。河原に向かってゆるやかに下っていく。木道の敷かれた湿原を抜けると、尾根取り付きとなり、グイッと高度を上げる。汗が吹き出すが、見事なブナ林に見とれるうちにしだいにルートはゆるやかな巻き道になる。先程からそうだが、とにかく林相が素晴らしい。新緑の時期からは少し遅れたが、それでも木々の瑞々しさは出色で、モチベーションは一気に高まる。
さらに進むと更なる仕掛けが現れる。荒菅沢手前で雨飾山の全貌がいきなり目の前に飛び込んできたのである。布団菱の大岩壁が凄まじい形相で迫る。ここから望む山容はまさに名山の名に恥じないと一人思う。
豊かな残雪で埋まった荒菅沢を横断すると、ここから頂稜まで一気の急登となるが、すっかり興奮した我々は好ピッチでグイグイ登って行く。背後の金山の向こうには不気味な焼山が徐々にせり上がってくる。
笹平を挟んで雨飾山
最後は少し岩混じりの直登をこなすと、頂上台地に飛び出した。ピークに10人ほどの人影が見える。ここから笹平を従えた雨飾山の光景は定番の構図。左手に頸城山塊、右手には奇怪な山容を見せる海谷山塊を比べるように眺めながら、頂稜を進む。ピークまでの最後の登りは今日一番の急登。一気に登り切ると、今まで死角になっていた西方全面に北アルプスの連嶺がドカーンと展開した。ピークに登り着いた!という実感がこれほど味わえる到着の仕方はそうないだろう。残念ながら白馬本峰の辺りにだけ雲がかかっていたが、それでも槍・穂高から鹿島槍・五竜、そして雪倉・朝日岳とまさに北アのオールスターキャストであり、僕らは時の経つのも忘れてじっと山を見つめていた。
ピークからの海谷山塊
ピークからの北ア(雪倉・朝日)
昼食後、名残惜しいが下山を開始する。落石をおこさないように注意しながら下る。下からはなおも中高年パーティが数グループ登ってくる。前から不思議に思っているのだが、なぜ彼らはいつも出発時間が遅いのだろうか。どこの山でも下山すると大量の中高年パーティに擦れ違うのだが、ただでさえ僕らより時間がかかるだろうに、これでは下山時間は日没ギリギリとなろう。(この時擦れ違ったパーティのリーダーららしき人も「また、宿に心配をかけるなあ」と呟いていた。)まあ私が気にしても仕方がないけど・・・
それはともかく、帰路もブナ林を存分に堪能して、快調に登山口の休憩舎に戻った。駐車場はほぼ満車の状態になっていた。今や休日に雨飾山を登るのは自殺行為なのだろう。まあ、ここに限らず、最近はどこの百名山も同じことか。
車ですぐ下の村営雨飾荘に向かい、ここでひと風呂浴びた。露天風呂は広く、とても気持ちが良かった。
まだ2時前。今日は志賀高原の麓までたどり着けばいいので、ついでに鬼無里の奥裾花湿原を探勝することにする。水芭蕉の時期はとうに過ぎているが、その正に秘境という位置から前からすごく気になっていたのだ。
実際の湿原は余りにも整備され過ぎており、また、水芭蕉の葉が巨大化してかなり気持ち悪く、若干期待外れだったが、行けたことには満足して長野に戻った。長野着19時。かなり疲れてきたが、明日は岩菅山に登りたいので、湯田中まで頑張ることにする。
湯田中では、温泉街を右往左往した揚げ句、みろく児童公園(トイレ、水道完備、静か)で車内泊をすることにした。公衆浴場は地元の専用ということで入れなかったのは残念だったが、ほどよい疲れのせいか、狭い車内でもぐっすりと眠ることができた。
天気が心配だが、明日は岩菅山を目指す。